

八重山上布の染色方法は2通り。糸に竹筆で染料を刷り込む「捺染(なっせん)」と、糸を括(くく)って染料につける「括染(くくりぞめ)」です。
手間がかかるため産業としては途絶えてしまい、幻の織物といわれていた「括染」による八重山上布を復活させたのが新垣幸子氏です。
八重山自生の草木を染料として、伝統の絣模様を現代に蘇らせています。


昭和20年、疎開先の熊本に生まれ、沖縄県石垣市で育つ。
手仕事にあこがれ、生涯を通してできる仕事を探し、勤めていた保険会社を退職。
首里織の第一人者である大城志津子の紅型工房を訪れ沖縄染織物の世界にふれる。
沖縄県工業試験場染織課(現在の県伝統工芸指導所)にて研修を受け、大城志津子に師事。
白地に茶絣の捺染ばかり織られていることに疑問をもち、東京の日本民芸館まで出かけ、渋い黄色地に細かい藍の絣が入った括染の八重山上布に出会う。
研究を重ねた苦心の末、「括染」の技術を復活させ、「捺染」の技術も向上させる。
| 昭和48年 |
新垣織物工房を設立 |
| 昭和49年 |
沖展に初出品し奨励賞受賞 |
| 平成元年〜 |
沖縄県立大学非常勤講師 |
| 平成10年 |
厚生労働省より「現代の名工」に選ばれ卓越技能章を授与される |