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| 明治42年 | 三重県鈴鹿市白子町に生まれる。 |
| 大正10年 | 町立尋常小学校卒業後、13歳の頃より父房吉について型紙彫刻、中でも縞彫りを修業。 以後4年間、夜間は徒弟学校に通いながら本格的な指導を受けた。 |
| 大正14年 | 父の死後17歳の時に上京し、台東区浅草の伊藤宗三郎に師事。 以来18年間にわたって型紙彫刻の道に精進し、特に縞彫りの修得に専念した。 |
| 昭和 4年 | 独立自営。 |
| 昭和17年 | 東京が空襲を受ける前に郷里の白子町に帰り、型彫り技術の中でもっとも年季を要するといわれた縞彫小紋の研究・制作に従事。名手として知られた。 東京では、小紋染の小宮康助氏と知り合う。戦後、縞柄が十分に評価されず、縞彫りの需要が少なくなり、銀行勤めを余儀なくされるが、小宮氏の協力を得て上物の小紋型の研究・制作に没頭した。 |
| 昭和30年 | 重要無形文化財「伊勢型紙縞彫」保持者に認定される。 |
| 昭和38年〜 | 鈴鹿市が主催する伊勢型紙伝承者養成事業の講師に任ぜられ多くの後進を指導。 |
| 昭和40年〜 | 縞小紋のみを彫刻し、縞彫の第一人者として注目される。 |