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久保田一竹・中村勇二郎・平良敏子 - 和服・着物の逸品 - きもの銀座やまと屋

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名匠のきもの 久保田一竹

名匠 久保田一竹名匠 山下八百子名匠 城間栄順
名匠 玉那覇有公名匠 平良敏子名匠 中村勇二郎
名匠 羽田登喜男名匠 藤山千春名匠 志村ふくみ
名匠 児玉博名匠 新垣幸子

名匠 久保田一竹 フランス芸術文化勲章シェヴァリエ章 受賞(90年)、文化長官賞 受賞(93年)

久保田一竹と辻が花

古くは15世紀後半から文献にその名を残す「辻が花染め」。今はほとんど現存せず、伝説の染物と言われています。名称の由来も諸説ありますが、定かではありません。主に絞り染めを施したその着物は、かつては庶民の小袖に始まり、武家層など各層の人々が身に付けていた日常着に近いものだったと考えられています。

久保田一竹 作 訪問着と羽織

当初は絞りだけの簡素な模様であったものが、室町時代後期に入り、絞り染めに描き絵・摺箔・刺繍などを併用する技術が発達し、公家や禅僧の服飾にも用いられるようになります。その後、技術、図案が発達し、文化的にも美しく華やかなものが好まれた桃山〜江戸時代初期、辻が花染めはその全盛を迎えます。
しかし、江戸時代後期には、細かい模様は友禅染や刺繍その他の技術での表現が主流となり、絞りを主にした辻が花染めは次第に消えてゆきました。

久保田一竹 作 訪問着の絞り部分

この辻が花染めに出会い、魅了され、一生をその研究につぎ込んだ人物が久保田一竹です。二十歳のとき、東京国立博物館で室町時代の「辻が花染め」の小裂に出会った久保田一竹は、その日以来、辻が花染めの美に魅せられます。
召集、敗戦、ソ連への抑留など時代の波に翻弄され、本格的に研究に取り組めるようになったのは40歳になってから。その後も赤貧の時代を経て、過去の模倣でなく、現代に息づく染色としての独自の『辻が花』を生み出します。
その壮大な作品とその技術は、偉大なる芸術として世界各国で賞賛を得ることとなりました。

久保田一竹 作 羽織の絞り部分

久保田一竹苦難の時代を支えた盟友とも言える池口定男氏の「佐波理綴」の帯とは、非常に相性のよい組み合わせです。

一竹辻が花 訪問着 と 池口定男 佐波理の帯


久保田一竹プロフィール